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'プロダクトデザインとUnreal Engine 5のハーモニー’次世代HMIデザイン開発の舞台裏

フィジカルな空間・プロダクトデザインとデジタルなCGI/VFXクリエイションはどのように協業しているのか?この記事ではとある自動車部品メーカー様との取り組みに関わったメンバーへのインタビューを通じてご紹介します。

石原 祐一 / Yuichi Ishihara(写真左)
Principal Director
2021年アクセンチュア入社。前職はロンドンのデザインファームに15年余り在籍しデザイン家電やモバイルから自動車や航空機に至るまで50以上の豊富なプロジェクト経験を有す。ブランドパーパスや戦略を空間やフィジカルプロダクトを含めた実体験に落とし込み、デザインと戦略を結び付けることでビジネスを牽引している。

河野 康一 /  Koichi Kono(写真右)
Creative Production Manager
家庭用ゲーム業界の3DCGデザイナー、コンセプトアー ティスト、自動車業界のUI/UXデザイナーを経て、2021年にアクセンチュア入社。CGI/VFXチームのディレクターとして、主にUnreal Engineを活用したコンテンツ開発を手掛ける。

コンペ参加のきっかけとアプローチ

インタビュアー: 今回のプロジェクトはどのようにして始まったのですか?

石原: 通常であれば市場のニーズやリサーチを行い、その後でビジネス戦略の策定やサービス構想に落とし込むといった順でプロジェクトが進められます。でも今回はちょっと特殊で、共同でアジャイルにフューチャービジョンを創り、いきなり国際コンペティションに出してみようと。

インタビュアー: それは珍しいアプローチですね!どんなコンペに参加されたのですか?

河野: 世界を代表するカーデザインメディアCar Design NewsとEpic Gamesが共催する国際コンペティション「Unreal Engine(※1) HMI Design Challenge 2022」です。本コンペティションは、リアルタイムCGI技術を用いた新しい発想によるHMI (※2)デザインを社会に提示することを目的としており、世界中の大手自動車企業やUI開発者、デザインファームなどが参加していました。

※1 Unreal EngineはFortniteなどのゲームでも使われている有名なゲームエンジンで、Epic Gamesが提供している。
※2 HMI=Human Machine Interfaceの略で、人と機械が情報をやり取りするための手段や、その関係性の総称。

自動車デザインにおけるUnreal Engineの可能性

インタビュアー: Unreal Engineといえばコンピュータゲーム・ソフトウエアとして知られていますが、自動車のHMI開発にどのように活用されるのでしょうか?

石原: ご存知の通り、今、自動車業界では、ガソリンエンジン車から電気自動車(EV)への移行が進んでおり、それに伴って自動車のデジタル化がデバイス技術と情報表示の両面で急激に進んでいます。正にこれまでのクルマ作りの大きな転換期と言えます。

自動車業界において地殻変動が起こり、ソフトウエアを起点としたクルマ作りが加速しています。将来に向けて、今までとは異なる新たなテクノロジーやリソースによる「自動車産業の構造変化」が求められているのです。

インタビュアー:とても楽しみです。それを踏まえて、どのようなHMIコンセプトを構想したのですか?

河野: 2ヶ月弱という短期間ではありましたが、クライアントのディスカッションや専門家へのヒアリングを通じて、これまでのHMIが解決できていない課題と未来の表現の可能性を考えながらコンセプトを構想し、同時にビジュアルコンテンツの制作を進めていきました。

石原: 我々は、自動車産業の中でも特に商用トラックに注目しました。オンラインショッピングの普及に伴って物流需要が増えるなか、事故件数が増加しているという社会課題に焦点を当てたのです。コンセプトの構想にあたっては、単にテクノロジーを導入するだけでなく、配送業務に関わるオペレーション課題やそれぞれのドライバーが抱えるストレスなど実際のユーザーとなるドライバーの心理まで掘り下げて考えました。

コンペの結果とCESへの出展

インタビュアー: コンペティションの結果はどうだったのですか?

石原: 世界中の全応募作品の中でなんと、我々の作品がグループ部門で一位に選ばれました!もちろん参加するからには上位に入ることを目指してはいましたが、約20か国から世界的自動車企業のデザインチームなども参加しており、一位になるとは思っていませんでした。審査員を務めたBMWのUIリードなど業界関係者からも、コンセプトとテクノロジーの組み合わせがうまく表現されている点が評価されました。

河野: この成功はクライアント社内にも非常に大きなインパクトを与え、プロジェクトの継続だけでなく、技術的なハードルは高いながらも実働プロトタイプを制作し国際見本市CES(※3)に出展することになりました。

※3 CES=Consumer Electronics Show。ラスベガスで1月に開催される最新テクノロジーの展示会。もともとは家電の見本市だったが、最近では自動車産業各社も積極的に参加し、先端技術を活用したコンセプトカーの展示が行われている。

「行列ができる展示」の制作過程

インタビュアー: コンペティションの勢いそのままに世界で最も注目を集めるテクノロジーの祭典CESに出展するという流れになったのですね!

石原:急遽決まったので9月にプロジェクトがスタートし、翌年1月のCESに間に合うよう進める必要がありました。年明けまでにデザインと設計をし、実働するモックアップを完成させて一般向けに展示、アメリカへの輸送も必要になります。通常なら最低でも半年ほどかけて開発し、その次の年に出展することが多いので、開発+制作計3ヶ月というスピード感は、これはもう、相当早いです。

インタビュアー:非常に短期間で制作を行われたのですね。コンペで示したビジョンがベースになったと思いますが、出展の狙いや目標、ゴールなどは決めていましたか?

石原: まず私たちの目標は、まだ見たこともない未来のドライバー体験を実際の展示物に落とし込み、来場者に感動と驚きをもたらすことでした。実はクライアントにとってもCESは初めての出展で、注目されるかどうかわからない状況でした。だからこそ、口コミなどで「あのブースにすごいものがあるよ!」と言ってもらえる展示物を作りたかったのです。「行列ができる魅力的な展示物を!」がいつしか合言葉になっていました(笑)

インタビュアー: 行列を作るために、どのような展示物をつくったのでしょうか?

石原: ワクワクする驚きと共に心地よい情報体験を提供するためにどうすれば良いか考えましたね。そこで、感情に訴える音や光など異なる要素を複数のデバイスを調和して表現したら、新しいHMI体験を提供できるのではないかと考えました。複数のデバイスメーカーとのディスカッションやリサーチを重ねて、今回の体験コンテンツを実現させるために最適な複数のデバイスを選定しました。

具体的には、ゴーグルなしで立体視できる裸眼3D液晶ディスプレイ、カーブしたガラス上に映像が浮かび上がる透明湾曲ディスプレイ、色や動きを自在に演出できるモーションLEDなどです。機材選定・購入後は、それらの機器を内包させた手作りのモックアップをデジタルとフィジカル両方で作成し、全体のスケール感やバランスの良い配置などを何度も検討しながら、一つのコンテンツとして組み立てていきました。

インタビュアー: 新たに複数のデバイスを組み合わせて、一台のモックアップを製作されたのですね。このモックアップで、お客様にどんな体験が提供されるのか教えてください。

河野: 展示では、モックアップに登場したお客様自身が未来の配達プロフェッショナルドライバーになった気分で、3分40秒の映像の中で未来の配達体験を味わうことができます。例えば、渋滞検知のシーンでは裸眼3Dデバイスに渋滞の原因や長さなどの情報をドライバーが理解しやすい形で立体的に表示。また、危険車両接近シーンではフロントウィンドウ上に表示するホログラム3DCGと音響効果に連動するドアパネルに仕込んだ光のモーションにより運転室全体で注意喚起を行い、迫る危険を先回りして直感的にドライバーに伝えます。

そして最後の配送シーンでは、いつどこに何を配達すべきか、という配達物の詳細情報を外界の景色に重ねてAR表示します。このように安心・安全を担保しつつ、最新デバイスが連動しサポートすることで初心者ドライバーでも熟練ドライバーに近いオペレーションができるようなプロフェッショナルドライビングパートナーとしてのHMI体験を作りました。

インタビュアー: 制作する中で、イメージと完成形で違った点はありましたか?

河野: 石原さんと私は前職で実際の自動車開発の経験があったので、早い段階でUnreal Engineを使ってコンテンツとモックアップの初期プロトタイプを作り、完成イメージを共有できました。ただし様々なデバイスを活用しつつソフトとハードを組み合わせる点には苦労しました。例えば、プログラム上で組んだデジタルコンテンツの色合いやタイミングが合わないこともあり、それらをシームレスかつ自然に見せるのは難しかったです。デバイス連携と空間への実装作業は、想定よりかなり多かったですね。

インタビュアー: フィジカル側で工夫された点はありますか?

石原:実を言うとプロジェクト当初は運転室全体を作る予定ではなく、運転席の表示部とフロントウィンドウだけの計画だったのです。ただそれでは外の景色と重なって見える効果など、未来のドライバーの空間体験を感じていただくのには不十分と感じました。そこで、ドアや天井も含めた空間全体を作り込む必要性をアクセンチュア社内とクライアントの両方に周知するために、私たちのスタジオで原寸サイズのテスト用モックアップをDIYで制作してしまいました。これはドライバーとセンサーなどの機器類の最適なレイアウト検討やCGチームが作ったデジタルコンテンツの投影テスト、クライアントとのビジョンの共有、身体的な空間認知検証などに非常に役に立ちました。

インタビュアー: デジタルコンテンツ側で工夫された点はありますか?

河野:全体スケジュールが非常にタイトで、モックアップの完成後に本番用のコンテンツを調整する時間が限られていたため、先に決め打ちで作成したいくつかの素材を準備し現場で選定しながら実装するアジャイルな開発をしました。本来のプロジェクトスコープにはなかったのですが、結果的にはフロントからリアまで次世代トラックのエクステリアデータも全てオリジナルで3D作成し、後方から接近するオートバイも詳細な造形データを用意しました。残念ながらボツ案になったのですが、楽しんで作ってしまいました(笑)。

自分も含めて我々のチームには自動車会社やゲーム関連会社の出身者など多彩な専門性を持つメンバーがいます。多様なバックグラウンドを持つメンバーが揃うチームだからこそできたことかもしれません。結果的にCGアセットが数多く揃い、都度最適な組み合わせコンテンツを構成検討できたので、クオリティ向上にも繋がりました。

CESでの反応と今後の展望

インタビュアー: 様々な工夫を行って、より良いアウトプットを実現できたのですね。CESでの目標は達成されたのでしょうか?

河野: はい。まずクライアントと我々の最大の目標であった、「ブースに行列を作る!」という目標は達成しました。CESの会期中は常に人だかりができ、実際に体験いただいたお客様からは「物流ドライバー目線での課題解決方法が最新のテクノロジーを活かした新しい表現で実現していて素晴らしい、こういう車欲しい!」と、非常に好評でした。クライアント企業のイノベーティブなブランドイメージをグローバルに発信することにも成功したと思います。

石原:自動車だけでなく、家電など他業界の方々からも、この提案と挑戦は自動車のHMIのみならず業界を超えた様々な可能性を感じると多くの反響がありました。また、今回我々が発案したフロントウィンドウ上で後方180°見渡せるデジタルバックビューモニターは特許出願中、GUIで表現したコンパス機能などは意匠登録するなど、世間に与えたインパクトも大きかったのではないかと思います。

インタビュアー: 現場の困りごとに的確にフォーカスした課題設定と、最新技術を活用した高品質な解決手法の提案が、関係する方々からの好意的な評価につながったのですね。素晴らしい取り組みだと思いました。最後にお2人のアクセンチュアでの今後の目標などはありますか?

河野: 今回のプロジェクトでは、デザインチームとCGIチームのコラボレーションがとても良い成果を生んだと感じています。もし次の機会があるならば更なる共創でアウトプットの幅を広げられればと思います。例えば、組み込み開発が得意な別チームと協力して、実際に走行可能なプロトタイプ車両を製作し、公道テストまで行えたら素敵ですね。アクセンチュアには深い専門性を持ったたくさんのメンバーがいますので、幅広いジャンルで高レベルな取り組みができると思います。プロジェクトを通じて本当のイノベーションを追求し、ビジネスやブランド価値を高めつつ、社会に良いインパクトを与えていきたいです。

石原: このプロジェクトの最初に国際コンペで示したビジョンや理念でもありますが、私たちは単により良い商品やサービスをつくるだけではなく、人々の日々の暮らしをより良くし社会全体に貢献することを目指しています。これからもデザインとテクノロジー、ビジネスのシナジーによって様々な課題に向き合い、その解決策を提案することで、ワクワクするような新しい価値を創造するイノベーションを起こすお手伝いをしていきたいと思います。

インタビュアー: 今日は大変貴重なお話いただきありがとうございました。

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