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”生活に意味をもたらす行動の再設計とは” 【連載】Fjord Trends 2021 をデザイナー自らが読み解く #07「リチュアルの消失と創造」編

はじめまして、Fjord Tokyoサービスデザイナーの郷上です。

今回の記事ではトレンド7「リチュアルの消失と創造」についてご紹介したいと思います。この一連企画の締めとしてとなる最後のトレンドです。

まず最初に結論から。このトレンドの主張を完結にご紹介すると以下のようになります。

「リチュアル(感情的意味のある行動)の消失は人々に大きな喪失感を与えているが、それはブランドにとって顧客とより深い繋がりを形成できる大きな機会の存在を意味している。この機会を捉える為には、失われた行動が埋めていた本質的な欲求やニューノーマルの日常へと移行する中で行き所を失った感情に注目することが必要だ。」

この記事では上記の主張についてより詳しく紹介していきます。まず「リチュアルの消失」についてリチュアルの意味を踏まえながらご紹介します。その上で「リチュアルの創造」について、企業に対しての重要性と具体的な事例をご紹介したいと思います。


トレンド7が捉えた事象

パンデミックによって、従来日常的であった私たちの行動の多くは当たり前ではなくなりました。パンデミック前と後の生活を比べてみると、その差は歴然でしょう。

一方、これはFjord Trends 2021の全体を通して述べている社会背景であり、目新しい主張ではありません。では、トレンド7の主張の特徴はどこにあるか?それはそんな変化が起こった行動の中でも、我々の生活に溶け込んでいる「リチュアル」という行動に注目したところにあります。

リチュアルと呼ばれる行動の正体

リチュアル【Ritual】
(しばしば同じ形式で繰り返される) 儀式、礼拝式、(儀式的)行事、(忠実に守る)慣習的行為
出典: weblio辞書デジタル大辞泉 - Ritual https://ejje.weblio.jp/content/ritual

リチュアルという言葉に耳馴染みの無い方も多いでしょう。実際、日本語版を作成する上で最も悩んだポイントは「リチュアルに最も適した日本語は何か?」でした。議論は紆余曲折を経たあげく、「リチュアル」というカタカナで表現することで収束しました。どの日本語を採用したとしても、そのニュアンスまで伝えられないというのが結論だったのです。

リチュアルとは、「感情的な意味が紐付いている行動」と表されます。その規模は大小様々。結婚式やお葬式のような人生の中でもターニングポイントになるような大きなものもあれば、カフェで友だちとコーヒーを飲むような日常的なものまで、すべてがリチュアルに含まれます。その軸は規模ではなく、人生や生活にどれだけの感情的な意味をもたらすか否かという点にあるのです。

また、リチュアルの類義語として、「ルーティーン」という言葉があります。こちらの方が聞き覚えがあるという方も多いでしょう。このトレンドでは「リチュアル」と「ルーティーン」を、そこに「感情的な意味があるか」で明確に区別しています。無意識的もしくは生活を楽にする行動がルーティーンであり、感情的な意味が感じられる行動がリチュアルというわけです。

リチュアルは人々に共感してこそ捉えられる

言い換えると、リチュアルとは特定の行動を示すのではなく、人々の生活における意味を基準に解釈するといえるでしょう。例えば、毎朝コーヒーを飲むという行為が、一日を気持ち良く始める為のリチュアルになっている人もいれば、ただただ喉の乾きを潤すという機能的価値として捉えている人もいるでしょう。通勤が仕事とプライベートを切り替える大切なスイッチだった人もいれば、移動する以上の意味を持たない行動だと捉えている人もいるでしょう。同じ行動だったとしても、それがリチュアルかどうかは人により異なるのです。

これはつまり、リチュアルとは人間中心的な考えを以てしてのみ捉えることが可能ということも同時に意味しているのかもしれません。そのため「リチュアル」の輪郭は、ただただ数字やデータを見つめているだけでは捉えられず、それぞれの人にとっての意味に共感することで初めてが見えてくるのです。

そんなリチュアルがパンデミックによって消失したというのが、トレンド7で捉えた事象なのです。

私たちの生活に漂う大きな喪失感

リチュアルはその性質から、一朝一夕で生まれるものではありません。長年にわたって日々の生活や歴史を積み重ねていく中で、ただの行動に感情的な意味が紐付き、リチュアルとして我々の人生に溶け込んでいくのです。

そんなリチュアルの消失が私たちに大きな喪失感を与えることは想像に難くないでしょう。自分ごととして共感できる読者の皆さんも多いはず。冠婚葬祭から同僚との飲み会、地域コミュニティとの関わりなど、数多くのリチュアルがこのパンデミックによって失われました。そしてそんなリチュアルの消失が意味することとは、ただ行動が失われただけではなく、そこに紐付いていた感情的な意味の消失も意味するのです。

消失ではなく手段の再設計

企業やブランドの視点からこの現象を眺めてみると、これを新しいリチュアルの創造のチャンスだと捉えることができます。なぜなら、リチュアルが埋めていた人間の本質的な欲求はパンデミックをもってしても消失していないからです。確かに我々の行動は変化しましたが、その原動力となっている欲求は基本的には変わっていません。

その欲求を埋める手段である行動を再設計する機会があると言い換えることもできるでしょう。トレンド1の言葉を借りれば、「消失」ではなく「置き換え」と考えることで危機から好機へと転換できるのです。

顧客と感情的な繋がりを形成できる絶好の機会

これはブランドにとっては絶好の機会だと言えます。なぜなら、そこには顧客とより深く感情的な繋がりを形成できる可能性が眠っているからです。リチュアルは上記で定義した通り「感情的な意味がある行動」です。そして、ブランドは常に顧客と機能価値以上のより心理的な繋がりを求めています。つまり、長年積み上げてきたリチュアルが崩れた現在、ブランドは顧客とより深く繋がることができる機会を得たと捉えることができます。

しかし、新たなリチュアルは単純にオフラインの行動をオンラインへと移行するだけで自動的に生まれるほど単純ではありません。なぜなら、リチュアルの強さはその行動や仕組み自体ではなく、それに紐付いている感情に起因しているからです。機能的に実現可能であることは必要条件でしかなく、そこに感情的な繋がりが生まれて初めてリチュアルとして顧客の生活に溶け込むことができるでしょう。

顧客との関係性の問い直し

また、ブランドと顧客の関係を考え直す良いきっかけとも言えるでしょう。ただ顧客との接点を持っていれば良いというわけではなく、それらの接点を用いてどのように顧客の生活に溶け込んでいるか?が重要になることは言うまでもありません。「あなたのブランドが持っている顧客の生活との接点は、彼らの生活を楽にするルーティーンの一部なのか、それとも彼らの人生に意味を与えるリチュアルなのか?」を問い直すことは関係の現在地を明らかにする上で重要な問いとなるでしょう。

例1: 本質的な価値を再現する新たな手段 (6curry)

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(出典:6curry Website  https://6curry.com/membership )
渋谷と恵比寿に拠点を構える会員制のカレー屋6curry。「Experience The Mix」をコンセプトとして掲げ、運営されています。そんな彼らが提供していた価値は、食事そのものではなく、会員同士が自然とミックスできる場所。狭すぎず、大きすぎない、丁度良い距離感が担保されたコミュニティを提供することで、顧客の生活に感情的な意味をもたらしていました。

コロナ禍で通常営業が難しくなる中、提供を開始したのは「Discord」というコミュニケーションツールを活用したメンバー専用SNSでした。その名も「6curry ROOM(ルーム)」。もともとゲーマーに人気だったDiscordの特徴は、よりカジュアルなコミュニケーションを促進するよう設計されたUX。このツールを活用することで新たなコミュニティ空間を提供し、店舗で集まれない会員に対して繋がりを築くことを助けたのです。

Discordの前はWEB会議ツールであるZoomを活用していたといいます。しかし、Zoomは機能を代替できても、もともとコンセプトとして掲げていた「Experience The Mix」としてのコミュニティ体験とは程遠いという結果に。そこで見つけ出したのが、より気軽に繋がれるDiscordだったといいます。この試行錯誤は、ただオンラインに移行するのではなく、顧客に対して提供していた感情的な繋がりを担保した上でコミュニティを再構築する必要があったということを示しています。

6curryの事例は従来提供していた価値をデジタル上にうまく再構築することで、顧客との深い繋がりを保ち続けられた好例といえるでしょう。

例2: 日常を形成する新たなリチュアルの誕生 (Calm)

パンデミックを経て広がったリチュアルの代表例としてマインドフルネスがあげられます。これまで文化的に根付いていなかった国や社会においても、日常生活の中に取り入れられるようになりました

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(出典:Google Play - Calm  https://play.google.com/store/apps/details?id=com.calm.android&hl=ja&gl=US )

その代表例であるマインドフルネスアプリのCalmは、この流れに乗って大きくユーザー数を伸ばしています。彼らが捉えたモーメントは日常の中で失われた「安らぎ」でした。終わりの見えないパンデミックの中で精神的にもダメージを負っている人々がマインドフルネスを気軽に取り入れられるようサポートすることで、心の平穏をもたらしています。

ニューノーマルな日常はまだまだ形成途中です。本質的に必要とされていた変化が人々の生活に歓迎される一方で、新しい日常への移行の中で満たされないまま宙ぶらりんになっているニーズがあることもまた事実。心の平穏やメンタルヘルスを積極的に求める人々が増えたことは、そんなニーズの一つの例と言えます。

マインドフルネスの例は、日常がニューノーマルに移行する中で生まれた欲求を捉え、新しいリチュアルを創造することで人々と深い関係を築いている好例と言えるでしょう。

さいごに

この記事を読んでくださった皆さま、ありがとうございました。今回はトレンド7「リチュアルの消失と創造」についてご紹介しました。Fjord Trends 2021として最後のトレンドにふさわしく、この時代ならではのネガティブな感情を捉えた上で、これからの新しい生活への希望を示すトレンドだったのではないでしょうか。

今回の連載企画はこれで終了となります。一連の記事が、Fjord Trends 2021への理解はもちろん、これから生活を考えるきっかけになっていれば嬉しいです!

【連載】 Fjord Trends 2021 をFjord Tokyoのデザイナー自らが読み解く
Trend 00 メタトレンド 「新しい領域の地図づくり」編 
Trend 01 「歴史的転換期」編
Trend 02 「DIYイノベーション」編
Trend 03 「新しい時代の組織のあり方」編
Trend 04 「インタラクションの旅立ち」編
Trend 05 「流動的なサプライチェーン」編
Trend 06 「共感への挑戦」編 
・Trend 07 「リチュアルの消失と創造」編(本記事)

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